2007年度第14回室井ゼミ報告:総括(7月23日)


     総括:人間の安全保障―世界危機への挑戦―


   座長:谷村研人(3年生)
   報告者:山口洋一(2年生)
  コメンテーター:菊池雄一朗・佐野準(4年生)
         

  
<報告者レジュメ:山口洋一


 第1部     人間の安全保障をめぐる理論的課題

  第1章    人間安全保障概念の検討 ―重層の逆説―

   ・人間の安全保障について語義的解釈を踏まえて概念の批判的検討を行う。
      人間の安全保障を構成する「欠乏からの自由」と「恐怖からの自由」
      が常に正の相関性をもつとは限らないこと、グローバル・アパルト
      ヘイト論のもつ積極性と問題性が指摘される。人間と国民のアポリ
      アは、重層的な逆説を秘めている。


  第2章     国際法への挑戦:「人間の安全保障」

    ・「人間の安全保障」論:人道的介入を必然的に伴う主張   国際法:人
   道的介入、とくに国家の人道的介入には、合法性や正当性がつきまと
   う
   大国の安全、あるいは大国の国民のために「人間の安全保障」
   が主張され、人道的介入が正当化されているのである。そこに、「人間
   の安全保障」論の陥穽がある。


  第3章     価値体系・社会的過程と人間の安全保障

   ・国家は(目に見えない)価値体系や社会的過程によって形成・維持されて
   いる。
   人間の安全保障を支持する方向へ国家の政策を転換させる
   ためには、価値体系や社会的過程の変化が不可欠となる。そうした変化を
   もたらす歴史的な要因として「人権」の概念が重要である。それは人間の
   安全保障という思想とも適合する。


  第4章     拡散する暴力、転移する権力 ―「人間の安全保障」の臨界点―

   ・今日のグローバリゼーションの中で「新しい戦争」と呼びうる暴力が拡大し
   つつあり、その結果、物理的、非物理的暴力の契機が拡散し始めた。

       「人間の安全保障」概念は、こうした暴力の変容に向き合ったアプ
   ローチであるためそれを見極めたうえで、安全保障概念を大胆に再構築し
   なければならない。


  第5章     安全保障と環境問題 ―軍事活動による環境破壊を中心に―

   安全保障を確保する最高の手段である軍事活動が深刻な環境破壊をもたらす。
   人間の安全保障を確保するためには、環境が保全されていることが不可欠。
       従来の安全保障概念と人間の安全保障概念とは環境の側面で対立し
   ており、人間の安全保障を確保するためには、環境保全の立場から軍事力
   を徹底的に縮小することなどが必要である。


  第6章     人間の安全保障とクローニング

   ・クローニングによって社会の価値体系の究極性たる人間を設計し作り出す可
   能性は、その価値体系自体を根底から揺るがすものであり、本質的に人間の
   安全保障の概念に密接にかかわっている。

   ・クローニングの議論は人間の尊厳の原則、科学的研究の自由の原則という二
   つの重要な原則をめぐって展開している。


 第2部        人間の安全保障と外交政策

  第7章    日本の援助外交と人間の安全保障 ―平和構築の観点から―

   ・わが国の援助政策の根幹を成してきたODA大綱の基本方針に「人間の安全
   保障」が組み込まれた。


   人間の安全保障を推進していくうえでの今後の課題
   個人や社会の保護と能力強化の考慮
   柔軟性・迅速性と自立発展性・透明性のバランス
   平和構築の視点と開発援助の視点のバランス
   紛争予防の強化

  第8章    人間の安全保障と政治 ―日本の「選択的受容」の意味―

   ・さまざまなタイプから成る「人間の安全保障」論を、「人間の安全保障」の
   精神に照らし合わせて三つの争点を指摘し、検証する。後半では、対外政策
   の柱に据えられた「人間の安全保障」、日本政府が展開する「人間の安全保
   障」論を検証する。
  「人間の安全保障」の命運は日本政府が握ってお
   り、私たちが「人間の安全保障」の精神にのっとり日本政府の姿勢を改めさ
   せることができるかどうかが重要である。


  第9章    カナダの外交政策と人間の安全保障

   ・目的:カナダの外交政策において人間の安全保障という考えが登場してきた
   過程と、その理念の採用がカナダ政府にどのような影響を与えたのかについ
   て考察すること。
   どのような外交政策のアプローチと手段が人間の
   安全保障に適用されるべきか、また人間の安全保障とカナダの外交政策の伝
   統との関連について検討、考察を加える。


  第10章    人間の安全保障をめぐるアジアからの視座 −保護責任とは何か−

   「人間の安全保障」の概念と反響を概観したうえで、北東および東南アジア
   における「人間の安全保障」の現状について議論する。

   「保護責任」の概要とそれに対する地域内の反応を検討したうえで、地域の
   安全保障に関して取り組むべき諸問題について提言する。


 第3部       グローバリゼーション・紛争・人間の安全保障

  第11章   911同時多発テロと人間の安全保障 ―イスラーム世界からの解釈―

   ・ネオリベラル・グローバリゼーションを背景とした「テロとの戦い」は、開
   発の危機と正当性の危機という双子の危機に直面するイスラーム世界に重大
   な影響を与えた。
   人間の安全保障は、本来的に物質的側面と非物質
   的側面の統合に向かわなければならず、グローバル化した世界において、
   イスラームの危機は、世界全体の危機になる。


  第12章    南部アフリカにおける人間の安全保障 ―紛争解決における市民社会の役割―

   ・アフリカ大陸における紛争の予防・仲介において、アフリカ諸国は国家とし
   ての役割が不十分であり、
NGOを含めた市民社会の役割が重要視されてい
   る。
   トラック・ワン(政府外交筋)だけではなく、トラック・
   ツー(市民社会諸組織)が効率よく活動する環境が整備されなければなら
   ず、持続可能な和平構築は、マルチ・トラック(複数の道筋)の場におけ
   る複合的な過程を通じて行われる必要がある。


  第13章     グローバリゼーション・人間の安全保障・「テロとの戦い」−南アジアへの影響−

   ・ブッシュ政権のグローバル・テロリズムの拡大阻止ではなく、新たなアプ
   ローチの必要性
   テロリズムの兆候ではなくテロリズムの原因に焦点
   をあてるアプローチ

   ・国家安全保障ではなく人間の安全保障により大きな注意を注ぐことで、グ
   ローバル・テロリズムが提示する課題により適切に対応できるのではない
   か。

   ・南アジア・インドにおけるグローバリゼーション、民族宗教紛争

  第14章    アメリカの対外援助政策の特質―人間の安全保障論とアメリカ帝国論にかかわって―

   ・「アメリカ帝国」:途上国問題にはアメリカ合衆国の対外援助行動とくに対
   外政策が大きな影響を与えている。
   この帝国には外交の独自性を求
   める伝統的な孤立主義のパターンが継承されており、その理念と内容がどの
   ように形成され変容してきたかを国際的要因と国内的要因に留意しつつ明ら
   かにしたうえで、人間の安全保障やアメリカ帝国論の議論とどのような接点
   を持ちうるか検証する。


 <今日の論点>

   『人間の安全保障:世界危機への挑戦』というタイトルにおける“世界危機へ
  の挑戦”とは何のことなのだろうか。



<コメンテーターレジュメ:佐野準

 第7章:日本の援助外交と人間の安全保障―平和構築の観念から―
  第8章:人間の安全保障と政治―日本の「選択的受容」の意味―

  論点:難民・移民を受け入れるメリット・デメリット

 ・討論の展開:最初、難民又は移民を受け入れる際のメリットとデメリットを列挙
  した。
  そして、難民・移民を日本に受け入れることの是非に関して話し合われた。

  @難民・移民を受け入れるメリット・デメリット

 A日本の難民受入れに関して
・人道的な立場から受け入れるべきとの意見が出た一方で、難民を受け入れる際に莫大なコス
 トがかかるため慎重に行うべきだとの発言もあった。また、難民受入れに関して否定的な意
 見が多い理由として、日本の島国というお国事情が指摘された。

 B日本の移民受入れに関して
 ・「移民脅威論」について終始話し合われた。そして、脅威となった場合に日
  本の対策として以下のことが挙げられた。

 移民を外交カードにする/国内での脅威は変わらないのではないか
 移民の需給が一致した政策をとる
 仕事に就く前に日本に順応できる訓練をする/(移民にとって)選択の自由
  がない

 第9章:カナダの外交政策と人間の安全保障
  10章:人間の安全保障をめぐるアジアからの視座―保護責任とは何か―

 論点:民族間の紛争はなぜ起きるのか

 ・討論の展開:まず、世界の紛争に関して事例が挙げられ、内戦・紛争の原因につ
  いて話し合われた。そして、論点である民族紛争の起きる理由に関して論じら
  れた。また、日本国憲法第9条と集団的自衛権の是非について話し合われた。


 @世界の紛争
  ・ルワンダ内戦、ソマリア内戦、コソボ紛争、シエラレオネ内戦、イスラエル・
   パレスチナ問題、スリランカ民族紛争、アンゴラ内戦、
コートジボワール
   内戦、ビアフラ戦争など


 A内戦・紛争の原因
  宗教対立
  資源の奪い合い
  政治的対立

 B民族間の紛争はなぜ起きるのか
  多数派・少数派の対立
  互いが人間という意識の欠如(帰属性の問題)
  国境の不明確さ
  政教分離が不明確
  地域・身分間にける経済格差
  情報の共有ができていない

 11章:9・11同時多発テロと人間の安全保障―イスラム世界からの解釈―
 12章:南部アフリカにおける人間の安全保障紛争解決における市民社会の役割

 論点:イスラム社会においてネオリベラルグローバリゼーションはとりいれるべきか

 ・討論の展開:まずは、論点についてディベート形式で話し合われた。その次に、
  平和の定義・紛争の予防手段、その中におけるNGOの役割について論じられた。


 @イスラム社会においてネオリベラルグローバリゼーションはとりいれるべきか

  A平和とは何か
 心のゆとり
 周囲の人間を信頼できる
 選択権がある
 戦争がない

B紛争の予防手段
 先進諸国が信託統治して教育などを行う
 紛争当事者の意識改革
 独裁者を生み出さないための民主的な選挙
 法体系の整備
 武器を失くす
 巨大な武器で抑制すべき
 小さなことで満足すべき
 (上からの)話し合いの場の提供

C紛争を予防する上でのNGOの役割
 早期警戒
 政府と民衆との橋渡し役
 国際機関への情報伝達機能
 予防方法などの提言

 13章:グローバリゼーション・人間の安全保障・「テロとの戦い」
 14章:アメリカの対外援助政策の特質
     
――人間の安全保障論とアメリカの帝国論に代わって――


 論点:アメリカの対外援助の現状と可能性

 ・討論の展開:まずは、アメリカの視点に立って軍事援助や資金援助の方法に関し
  て話し合われ、その具体的な用途について指摘された。


  @アメリカの視点に立った軍事援助・資金援助の方法
   公共事業・移動手段を増やす
   医療費・教育機会を増やす
   学校給食・住居などの提供
   途上国の要望に応じた援助を行う
   国益重視(例えば、軍需産業への投資)の援助策

  A@の具体的な用途
   ・教育機会を増やすためにスクールバスの提供
  医療面においては、医療設備の向上と医師・看護師などの人材派遣
  自ら調査を行い、現状分析に力を入れる
  農業における技術者の派遣


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