中国・西安 交換留学

W11 三上 浩司


期間:2002年2月〜2003年1月

場所:中国・西安 西北大学

費用:80万(学費)+45万(生活費+その他費用)

●去年100周年を迎えた伝統ある大学。と同時に、女学生の比率が他大学より多いため、
「恋愛したいなら西北大学!!」と言う中国人学生の間での専らの噂のある大学。

●一年間の学費を専修大学に払い、生活費や旅行費、日本中国間の往復の渡航代も含め45万で済んだ。
●その理由一つとして、2002年7月から友達が住んでいるアパートに一緒に住ませてもらったことが挙げられる。その一ヶ月の家賃は一人約200元(約3000円前後、1元=約15円)。
●中国の学費というものは、留学生でも一年間約20万。ということで、
私は一年間約60万損したことになる。
留学には下調べが重要!個人で行った方がさらに安かった。

授業:午前は語学の授業、午後はフリータイム

●ここが英語圏への留学と大きく違うところのひとつだろう。私は一年間基本的に語学の授業しか受講しなかった。というのも、中国語レベルが低いため中国人学生の授業には出席できなかった。また、すでに3・4年間留学している人でも中国人学生と一緒に勉強するのはかなり稀である。それは、ある先生の方言がきついというのもひとつにあげられるのだが、問題点は留学生の学費の払い方に問題があるらしい。つまり、中国人学生が払う学費と留学生が払う学費は納めるところが異なるため、いろいろとトラブルがあるらしい。そのため留学生は留学生だけで授業を行うケースがほとんどである。少なくともうちの大学はそんな感じだった。
●授業内容はもちろんすべてが中国語で進行し、文法、口語などを勉強した。幸い私はよい先生に一年間見てもらったので宿題(変わったものでは調査報告などもあった)など
多くてつらかったが、今となっては貴重な経験である。

●午後は基本的にフリータイムである。私はその時間に、HSK(英語で言うとTOEFLのようなもの)の講座を受講したり、日本語学科の中国人と一緒に勉強するなどしていた。
「ボ〜〜ッ」とするなどしていた・・・。

課外活動:前期期間(夏まで)はサッカー、後期(夏以降)はボランティ

●上述したように午後に授業はなく土日も休みのため、中国での留学は余暇をいかにして有効に使うかが「留学」か「遊学」かの分かれ道になってくる。私は前期、言葉を満足にしゃべれないため、サッカーを通してコミュニケーションをとった。そのひとつの結果として西北大学の学部別サッカー大会に出場し、準優勝をし、得点王になってしまった。その当時、大学内を歩いているとどっからともなく「あいつ!あいつ!!」という声が聞こえ、
自分のかなり絶頂期の時期であった・・・とかないとか・・・。

●後期は古本を西安の小中学校で集め、貧困地区に送ろうというボランティア活動を12月から自分と自分のルームメイトなどを中心に活動した。結局9つの小中学校で約1万冊の古本を集め、現在までに7つの貧困地区の小中学校に寄付した。この活動は新聞の一面に記載されたり、
最近寄付した小中学校
ではテレビの取材まで来たという。

感想: 

●「可能性を広げるため」「脱線」など、就活を目前にした大学3年生の夏よく考えていた気がする。それは付属高校から、何も苦しまずに入学し、ノホホンと過ごしてきたからそう思ったのかもしれない。そして、半ば勢いで留学を決めてしまった。
●そして、留学を終えて考えてみると、この留学は成功か失敗かといったら、自分でさえはっきりと分からない。ただ、新しい自分を発見し、よい友人(中国人、日本人、韓国人)とも出会えた。
●まぁ、とにかくこの経験を次の何かに繋げていこうと思う今日この頃である。
*関連記事:『専修大学 2005 入試ガイド』

写真をクリック⇒拡大