フィリピン留学 in Cebu Part 2

W18  坂本 龍亮

期間 2009726日〜2009823日(4週間)
費用:学費15万円(授業料、寮費、食費含む)、航空券8万円、お小遣い5万円
為替レート:P1(ペソ)≒ 2
物価:水(500ml)P9、コーラ(350ml)P18、ビール(350ml)P24
       外食(一回当たり)P50〜P250

《留学概要》

 今回、私はフィリピンのセブ島にあるUniversity of Southern PhilippinesUSP)併設のESLセンターにて4週間の語学留学を行った。フィリピンへの短期留学は今回で二度目である。ESLセンター自体は、前回と同じであり、大学を移動しただけである。よって、ESLセンターの先生やスタッフも半分近くは知っている人ということもあって、馴染むのに時間はかからなかった。しかし、留学生は大きく変わっており、昨年度は90%近くが韓国人だったのにも関わらず、今回は日本人45%、韓国人45%、中国人・台湾人10%といったところであった。授業等の詳細は、昨年度の渡航者報告書を参照して頂きたい。

《その他活動》

 今回、私の留学のテーマは“行動力”である。自分がどこまで出来るのか、この留学で試してみたかったのである。したがって、語学だけに留まらず、さまざまなことに積極的に取り組んだ一ヶ月であった。主に取り組んだことは以下の三点である。

USPの学生・先生50人を対象にインタビュー調査

 インタビューの内容は、フィリピンの抱える社会問題や私の専門に関わる援助についての意識調査である。社会問題としては、貧困や政府の汚職が多く挙げられ、そこから少し突っ込んだ質問をして、それらの問題の解決法を聞いたりもした。学生は20歳前後にも関わらず、それらの質問に対してもしっかりとした答えを返すなど、私はただ関心するばかりであった。そこから、フィリピン人の自国の社会問題に対する関心の高さが伺えた。このインタビュー調査の結果は、何かしらの形で今後の私の研究に活かしていきたい。

Fair Trade

 フィリピンでは、Fair Tradeがまだ広まっておらず、マニラにて一軒だけFair Trade Shopがあるだけであった。200988日、セブにてFair Trade Shop第一号店がオープンするという噂を嗅ぎ付け、オープニングセレモニーに参加した。そこで同ショップのオーナーと知り合いになり、私がFair Tradeや貧困問題に関心があるということを伝えると、いろいろなお話をしてくれた。

 同ショップの店員は全員、スラム出身の人たちがスタッフとして働いているようだ。オーナーは、Philippines Fair Trade協会の幹部の一人であり、フィリピンにてFair Tradeを広める活動を行っている。フィリピンでは、前々からFair Trade的なものはあったが、それぞれがバラバラに活動をしているため、それらの連携や統一性は全くなかった。彼女は、これらの活動を統一し、一つのフィリピンのFair Trade商品として、Fair Trade協会の表象を付け販売していこうとしている。しかし、正規のFair Trade商品として、販売するためには品質の基準等を満たさなくてはならないため、それらが面倒だと感じる団体も多く、なかなかFair Trade協会に入会してくれないなど、まだまだ課題は多くある。


Fair Trade Shop 看板

同Shopの店員

セブの海
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・スラム地区の見学、訪問

 Fair Trade Shopで知り合ったスラムの子と仲良くなり、彼女達が住むスラム地区を見学する機会を得た。彼女達が住む地区は、Pasil BaranggayBaranggayとは、フィリピンにおける最小の行政区分である)というCebu CityDowntownエリアに位置し、Cebu cityの中で最も貧しい地区の一つである。Pasil Baranggayには約1万人の人々が暮らしており、人口の密集度が凄まじかった。特に、子供の数の多さが顕著であった。この地区では、一世帯当たりの子供の数が平均6〜8人である。

 また、Baranggayの中でも格差があり、道路に近い家は比較的裕福に見えたが、奥に入れば入るほど貧しくなっていくような感じがした。住民達はBaranggayをさらに、Stioという表現にていくつかのエリアに区分している。Pasil Baranggayには10Stioが存在し、私の知り合った子の住むStioは同Baranggay内でも、一番貧しい印象を受けた。

 同地区の主な収入源は、Baranggay内で商店や食堂の小ビジネスや近隣のマーケットでの商売(野菜、魚介類)、漁師など、家庭によってさまざまである。収入は良い時で、一世帯一日当たりP200である。この収入で、一家全員を賄わなければならない。ちなみにESLセンターの先生の月給がP8000〜P15000である。

 私を案内してくれた彼女達は、Pasil Women Organizationという同Baranggay内の生活改善を目的とするために組織された団体のメンバーである。現在の主な活動は、月一回住民達を集めて会議を開き、生活改善のための意見を提案する機会を与えている。過去には、ライスプロジェクト(米の販売)の開始や共同風呂場やトイレの設置に貢献した。同団体は、Pasil Baranggay全体を対象にはしているが、実際は彼女達のStio内のみの活動となっているなど、他のStioとは協力体制が取られていないのが現状である。現在メンバーは42名であり、メンバーは全員が同Stioの住民ということも、その原因であろう。

 また、Fair TradeVisayas Primary Health Care(薬の無料提供など)、Panaghungpong Kadamay(都市貧困の改善)という三つの現地NGOPasil Baranggayを支援している。現在の一番の問題は、政府による住民の撤去である。政府は住民達に土地代を請求したが、住民達がそれを払えるわけもなく、同地区を危険地域と見なし、2010年までに撤去作業を行おうとしている。現在、都市貧困の改善を目的としたNGOPanaghungpong Kadamayが中心となって、反撤去のための活動を行っている。

 私は定期的に同地区に通い、住民達といろいろな話をしたり、ご飯をご馳走になったり、子供達と遊んだりしていた。また、留学生の中に何人か同じような関心を持つ学生がいたため、私が主催してスタディーツアー的なことも行った。その時は、確かに環境は悪いが、住民達はみんなフレンドリーで仲良く暮らしているような印象を受けた。しかし、私の滞在中に、同地区で住民同士の殺人事件が起こるなど、決して安全な地域ではないのだと改めて感じさせられた。私が安全に何度も訪問できたのも、彼女達が私に対して最善のサポートをしてくれていたからであろう。


スラム住民の食卓

スラムの子供達

庶民の足 ジプニー
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《感想》

 結論から言うと、この留学はとても満足いくものであった。というのも、自分から積極的に動いた結果、このような多くの経験をすることが出来たからだ。下手な英語ながらここまで出来たことは、私に大きな自信を与えてくれた。それと同時に、これらの活動に協力してくれた多くの人たちに感謝をしたい。

 昨年度、日本語指導を行った生徒達とも再会できた。彼女らはすでに大学を卒業し、何人かは海外へ出稼ぎに行ってしまったため、会うことが出来なかった者もいたが、みんな元気にやっていたようで、嬉しかった。

 同じ所に、二度渡航したのは初めてであったが、それはとてもいいものだなと思った。一度来た事がある所は慣れていることもあり、前回以上に積極的にさまざまなことが出来るし、何もかもが久しぶりで懐かしむことも出来た。また相変わらず、ストリートチルドレンや物乞いは多く、いい意味でも悪い意味でも、セブは変わっていなかった。段々と、セブは私にとって特別な場所になってきた。どのような形にしろ、きっとセブにはまた行くだろう。